Início / ファンタジー / 黒き魔人のサルバシオン / 序章 第三話「炎との出会い」

Compartilhar

序章 第三話「炎との出会い」

Autor: 鈴谷凌
last update Data de publicação: 2026-04-02 18:28:54

 振り返ったところに、人影。

 驚愕を仕舞いこんで、落ち着いて観察する。

 背はエルキュールよりもやや高いほど。こげ茶の軽装の上からもはっきりと分かる筋肉は、鍛え抜かれた逞しさを遺憾なく主張している。

 視線を上へ。燃えるような赤髪は無造作な伸びていて、火花が散っているかのように見えた。

 日に焼けた肌も、彫りの深い顔も、オルレーヌでは珍しい。親しみやすさを感じる笑みを顔に貼り付けてはいるが、総合的に判断すると、途轍もなく怪しいものだった。

 なおも注意深く視線を向けるエルキュールに、青年は肩をすくめた。

「そんなに見つめるなよ。……もしかして惚れたか?」

「失礼。そういった趣味は持っていない」

 軽薄そうな、ではなく。正しく軽薄な青年だった。突拍子もないことを平気で口にしてしまうのだから。

 ともかく、この青年は厄介な人物だ。不意を衝かれたこともあり、エルキュールは警戒を強めた。

「それで、俺に用があるのか?」

「ん、何のことだ? オレはただ『呑気な連中だな』と盛大に独り言を言っただけだぜ。用があるのはお前の方じゃあないのか?」

 軽薄だけでなく、不誠実でもあるらしい。遠回しな物言いは眉を寄せる。

 だが、確かによく考えてみれば一理あることかもしれない。

 青年が心を読んで話しかけてきたなど、発想が飛躍しているのは否めない。エルキュールがたまたま同じような感想を抱いていただけと思った方が自然である。

 ここは青年の失礼な態度には目を瞑ろう。そしてこの会話もなかったことに。

 そう思い直したエルキュールは彼の切れ長の目を真っ直ぐに見据えた。

「いや、そうではないんだ。ただ自分も似たようなことを考えていたから、つい勘違いしてしまった。すまなかったな」

 これでいい。そろそろ家族との予定の時間も近づいていることだ。エルキュールは当初の目的通りに家に帰ろうとしたが。

「……おーい」

 会話打ち切って歩き始めるエルキュールに、今度は明確に、それもこれまでの態度とは打って変わった落ち込んだ声色で、青年が話しかけてきた。

「……? 今度はどうしたんだ」

「……おいおい、嘘だろ? まさか、オレが本当にお前に聞こえるくらいの声量で独り言を言ったと思っているのか? 明らかにお前の思考を読んだ、オレの洞察力が為せる粋な会話方法だっただろ!?」

 自分で粋だというのも可笑しな話だが。やはり先の盛大な独り言とやらは、エルキュールに向けての発言だったらしい。

「というかよぉ、意味深にお前に向かって笑ってただろ……極上スマイルが炸裂してただろ……」

「はぁ……それならどうしてあんな嘘をついたんだ……」

 エルキュールは呆れた目で青年を見つめた。家族でない人間と関わるのがここまで難しいとは。閉じこもりがちだった今までの習慣が、嫌な形で正当化されつつあった。

「お前が素直すぎるんだ。ちょっとした言葉遊びじゃないか。ダメだぜ、言葉をそのまま受け取るだけじゃあ。その裏にあるモノも読み取るのがデキる男ってやつだ。そうだろ?」

「どうして俺が窘められているのか分からないんだが……急いでいるんだ、手短に頼む」

「悪い悪い。つっても何から話せば……。まず始めに、オレはグレンっていうんだが、わけあって今はあてのない一人旅をしていてな……」

 青年、グレンが真面目な顔を作ってぽつぽつと語り始める。

「つい先日、カヴォード帝国の方からから南下して来て、今はヌールに滞在しているんだが。その、なんだ、金が尽きちまって。一ガレもなくて宿代がもう払えそうにねぇんだよ」

 悲嘆が滲み出る声色だった。

 機能性に富んだ服装から旅人だとは思っていたが、よもや北の帝国からとは。

 魔物の脅威が拡大する情勢もあって、今の二国は穏やかな関係を保っているものの、一人で難なく越境できるほど状況は甘くない。

 エルキュール微かに警戒を解いた。

「なるほど。でも、お金は恵んでやることはできない」

 事情は理解できる。しかし今日初めて出会った他人に、それも信用に欠ける人物に金銭を譲るのはよろしくない。

 ほとんど家族以外との交流がないエルキュールでも、その程度の常識は持ち合わせていた。

「違えっつの! ガレを恵んでほしいってわけじゃない。ほら、さっきの報道でやってただろ? 魔獣が大量発生してるってな。そいつらを狩って、金目になりそうなものを頂戴しようと思ってるのさ」

 頭を掻きながら訂正、グレン背中に背負っている大剣を指さした。魔獣との戦闘に心得があるらしい。

「お前にはそれを手伝ってほしいんだ。最近は魔獣も凶暴になってるからな……回復をしてくれるだけでも構わねぇ、一緒に来てくれないか? このままじゃあ居場所がなくなっちまう」

 出会ったときの軽薄な態度はすっかり鳴りを潜め、グレンは殊勝な態度でエルキュールに頼み込む。相当切羽詰まっているのだろう、真に迫った物言いだった。

「居場所がなくなる、か」

 グレンの言葉を反芻する。

 その言葉は、エルキュールにとって間違いなく共感を誘う言葉だった。

 リゼットやアヤのおかげもあり、魔人であるエルキュールは辛うじてこの世界で生活できている。

 しかし、それでもなお、エルキュールの心にはある漠然とした寂寥は消えずにあった。

 この世界に生きていると、自分の存在は場違いなものに感じられるのだ。どうしようもないほどに。

 引き受けてもいい。一瞬考えるが、ここでグレンに同行することを引き受けては、エルキュールの正体に気付かれてしまうかもしれないかった。

 少しでも気を抜けば、隠している痣やコアの魔素質の発光が戻ってしまうだろう。それにもしも魔人としての力を使ってしまえば、グレンを危険に曝すことにもなりかねない。

 危険だ。断るべきだ。エルキュールはそう覚悟を胸にして。

「……分かった。ただし、前にも言ったが用事があるんだ。その後でいいなら構わない」

 引き受けることを選んだ。

 グレンとは後で合流する約束をしてから別れ、エルキュールはようやく家へたどり着いた。

 質素な木造の二階建ての家。たった三年の思い出しかないヌール。されど今のエルキュールにとってはここが唯一の帰る場所だった。

 普段に比べると濃密な朝だったからか、若干懐かしさすら覚える。

「ただいま。少し遅れたか……?」

 扉をくぐると、部屋に漂ういい香りと台所から聞こえてくる料理の音がエルキュールを迎えた。

「あ……! 兄さん、おかえりなさい! ちょうどご飯が出来上がったところよ」

 パンがいっぱいの平皿を両手で持って、アヤが台所から顔を出した。料理の手伝いをしていたからかだろう、いつも下ろしている薄紫色の髪は後ろで一つに結われている。

 魔動鏡の件やグレンの件で遅れたことを心配していたが、ちょうどいいタイミングだったようだ。

「おかえり、エル。もうすぐだから先に座っててもいいわよー」

 台所の奥からリゼットの声がかけられる。

「配膳くらい俺も手伝うよ」

 忙しなく動く二人に加わって、時期に食卓に料理が並ぶ。

 今朝の朝食は少しばかり豪華に思えた。

 焼きたての芳香を放つオルレーヌ麦のパン。きめの細かいオムレツに、ソーセージと色とりどりの野菜。料理に堪能で、家族の健康に気を遣っているリゼットらしい献立であった。

 エルキュールはリゼットとアヤに用意された二人前の食事を何気なく観察しながら、アヤ特製のハーブティーに口をつける。

 リゼットが長く花屋を営んでいることもあって、アヤの植物に関する知識は相応なものだった。

「どう、美味しい? 今回のは自信作なのよ? ガレアで採れた良質なハーブを使ったんだから」

 隣に腰かけたアヤが、髪先をいじりながらエルキュールに尋ねる。期待の籠った眼差し。答えは一つしかないだろう。

「うん、今日のは一段といい香りだ」

 口に入れた液体をゆっくりと魔素に分解し、微笑みながら賛辞を贈る。

 魔人であるエルキュールは消化器官を有していないが、食物に含まれる魔素をコアの活動に充てることで疑似的な食事は可能である。

 最初はヒトを模倣するための行為であったし、味覚も曖昧であるが。アヤが淹れてくれたハーブティーはそれでもかなり気に入っていた。

「ふふ、よかった。 兄さんが喜んでくれると私も嬉しい……から」

「大袈裟だな、ただの食事だろう?」

 そう言いながらも、嬉しそうなアヤの姿を見ると、エルキュールの心にも温かな感情が広がる。

「よかったわね、アヤ。最近はこんな風に過ごすこともなかったものね……」

「そうね、母さん。兄さんったら、この街に引っ越してきてから、前に比べて私たちのこと避けてたから……」

「……それは」

 落としてしまわないようそっとカップを置き、目を逸らす。

 早朝にもリゼットに似たようなことを言われたが、アヤもそのことを気にしていたようだ。

「兄さん? もしかして、まだあの事を気にしているの?」

「……当然だ。俺があんな事件を起こさなければ。力を無闇に使わなければ。アヤたちは故郷を追われることもなかった。安穏な暮らしができていたはずだ」

 沸々と、忌まわしい記憶が蘇る。

 アヤたちから故郷を奪い、魔物が地を放浪するのを強いた。他ならぬ、エルキュールの咎である。

「でも……! 私はそのおかげで救われたのに、兄さんは必要以上に自分を責めすぎなのよ……!」

 妹が痛烈に訴えるも、エルキュールの表情は依然として晴れなかった。八年前積もった罪悪感は、言葉だけでは決して浄化できない。それが最も気を許した相手のものだとしても。

「……はいはい。二人とも、暗い話はそこまで! アヤ、エルを心配する気持ちは分かる。でも今こうしてここに座っているということは、少しは前進してると思うのよ」

 暗い雰囲気を変えるように、リゼットはことさら明るく振る舞う。無理に作った笑みは、唇の端が細かく震えている。

 優しく、不器用。そんな母の姿に、子供たちもひとまずは矛を収めた。

「……うん、母さんの言う通りね。兄さんもごめんなさい、せっかくの機会だったのに」

「……気に病まなくていい。俺もいい加減、断ち切らないとな」

 同じ屋根のもとで暮らしているのに、中途半端に関りを避けるのはよくないだろう。

 残りのハーブティーを勢いよく口に流し込んで、エルキュールは思考を切り替える。

 それからはめいめい不安を掻き消すように、楽しい話に花を咲かせた。

「あ、そうだ。エル、私たちこの後は久々に隣町の市場にまで買い物に行こうと思ってるんだけど。せっかくの休日だし、あなたも付き合わない?」

 暫く経った頃、リゼットが思い出したように手を叩いた。

 ここまでの流れから、今ならエルキュールも乗ってくれるのではないかと思ったか。その表情は明るい。

「ん、ああ。それなら別に――」

 構わない。エルキュールも二つ返事で了承しようとしたが、寸前に気づく。今日に限ってどういう訳か先約があることに。

「いや、今日はこの後に人と会う約束があったんだ。すまないが、今回は一緒に行けない」

 せっかくの誘い、先ほどの気まずさを挽回する機会だというのに。

 あるいは二人をがっかりさせてしまうだろうか。

 エルキュールの胸に様々な葛藤が広がってゆく。

 ちらとリゼットの方を見る。失望しては、ない。むしろ。

「まあ! ついにエルにも友達が!? もしかして女の子かしら!?」

 かつてない盛り上がりを見せていた。「ああ……大精霊様、感謝いたします……」などと古の精霊への感謝すら示す感動ぶり。

「はあ……? そうではなくて、ただ――」

 想定外の反応に戸惑いながら、今度はアヤの方に目を向ける。

「お、女の人!? そ、そっか、兄さんが……。あぁ、でもどうしよう、まだ心の準備が……うぅ……」

 こちらもこちらで大仰な反応。「おめでとう、兄さん」ぎこちない笑顔で、無理に祝いの言葉を述べる始末だった。

「だから、そうではなくて――」

 二人の反応に気が遠くなりそうだったが。エルキュールはどうにか事の顛末を話し始める。

 結局、話は理解してもらったが、エルキュールにしては珍しい約束の件は、暫く家族からもてはやされることになった。

Continue a ler este livro gratuitamente
Escaneie o código para baixar o App

Último capítulo

  • 黒き魔人のサルバシオン   一章 挿話①~アヤ~「遺されたもの」

     彼のヌール事件から八日が経ったセレの月・11日のこと。破壊された街を復興しようとする計画が開始され、それに先駆けて郊外の空き地には仮設住宅が設置されていた。 事件当時ヌールの外にいた住人、そして襲撃から逃げ延びた住人、それまで各地で難民生活を送っていた人々も、その動きに乗じて徐々にヌール跡地へと集まっている。 その何れもが、元居た住処を追われ、知人の多くを失うことになった。それでも彼らはその地で再会できたことを喜び、互いに街の復興に尽力しようと、青空のもとで誓いあったのだった。 ヌール復興には比較的体力のある元住民たちのほかに、王国騎士団本部からの要請で赴任した騎士が参加することになった。 先んじて行われたのは具体的な被害状況の確認。一見して全ての住宅が崩壊しているということもなく、細かく見ていけば生活に使えそうな物資がそのまま残っているかもしれないという希望があった。 念のため騎士連中が跡地内に魔獣の残党がいないかどうか魔素を探り、崩落の危険がないと分かったうえで、有志の住人たちは廃墟と化したヌールを探索することになった。 一連の動きは迅速で、元住民たちは我先へと内部へ入っていった。近くにいた騎士たちも、探索における危機はないとはいえその住民たちの勢いに注意の声を飛ばす。 ずっと帰りたかった場所がもう目の前にあるのだから、そんな簡単に止まるわけもない。 暫くしないうちに、その場にはお揃いの薄紫の髪が映える二人の女性のみが残された。 一人は物腰柔らかな壮年の女性。もう一人は利発な雰囲気を醸す少女。身体的特徴から母娘だと推測できる彼女たちは、先ほどまでここに集っていた元住民たちの一員であった。 だがどういう訳か、その脚は先へと進む素振りを見せず、何か焦っているようにも取れる表情で辺りを見回すばかりである。「……失礼、見たところあなた方もヌールの人間のようですが……中には行かれないのでしょうか? もし中の様子が心配でしたら、私が付き添うこともできますが」 これを不思議に思った騎士連中のうちの一人が彼女たちに尋ねる。少し圧倒されてしまうほどの長身と、人当たりの良い爽やかな笑みが印象的な青年だった。 対する母娘はまさか声をかけられるとは思っていなかったのか、動きを固くした。だが相手はどこからどう見ても一般の騎士である。そのことを認めた女性はすぐ

  • 黒き魔人のサルバシオン   一章 第十七話「閑静な夜会」

     カーティス隊長とエルキュールらとの会合はそれからつつがなく終わりを迎えた。と言ってもあの話題以降のエルキュールは全くと言っていいほど頭が働かず、その内容の記憶もどこか朧気であった。 最低限の情報として、カーティス隊長が王都の騎士へ橋渡しをしてくれ、迎えを手配してくれること。その間エルキュールたちはこのアルトニーに滞在しなければならないことは、念のためグレンとジェナに確認を取ったが。 会合を終えたカーティス隊長はすぐにでも騎士団本部と連絡をしたいとのことで、一足先に詰所へと戻っていった。 何の偶然か泊っている宿が同じであったジェナとは、各々の部屋で別れるまで帰りを共にした。そのジェナも、相部屋であるグレンも、揃ってエルキュールを心配してくれていたのを覚えているが、エルキュールにはどうにも上手く返せた自信がなかった。 まるで意識に靄がかかってしまったかのような酩酊感の中。時間が過ぎゆく感覚すらも忘れ、気付けばエルキュールは暗くなった室内でベッドに寝転がっていた。 隣のベッドにいるグレンの煩いいびきが、鈍麻したエルキュールの意識にさざ波を立たせてくれたのだろうか。 それとも夜に混じる闇の魔素に、魔人としての本能が刺激されたのか。 光に群がる虫のように、もしくは糸で操られる人形のように。エルキュールの身体は無意識のうちに、暗闇に閉ざされた街へ誘われていた。 アルトニーの夜風に交じって舞う闇の魔素、空気中に含まれるそれを、エルキュールはやけに敏感に感じ取っていた。振り返れば今日は随分と力を消耗した、その反動で身体を形作る魔素質が反応しているのだろうとエルキュールは思った。 疲弊した身体には夜の散歩が丁度良い。エルキュールのコアも魔素質も、闇属性の魔素を中心に形成されているので、意図して魔素を吸収をしなくても闇の魔素を浴びることができるのだ。 欠乏したものが満たされていく感覚は心地よく、人の世界に生きる魔人にとって何より貴重なものだ。身体だけでなく精神もまた安らいだように感じられ、エルキュールの足取りも徐々に軽くなる。「……あ」 そうして黒く染まる道を闊歩していた足がふと止まる。今朝――ひょっとすると昨日の朝かもしれない――通り過ぎたアルトニーの広場、そこにはかつてのヌールと同じく魔動鏡が鎮座していた。 もちろん広場なのだから魔動鏡があるのは当たり

  • 黒き魔人のサルバシオン   一章 第十六話「善悪の境」

     会合の約束を取り付けたエルキュールは、すぐさまクラーク一家と歓談していたジェナも来るように誘った。 当の本人は快諾してくれたのだが、彼女に懐いているカイルとサラは難色を示し、説得するのに少し手間取ってしまった。 どういう訳か、特にカイルはジェナが離れることに殊更に抵抗しており、事の発端のエルキュールを見る目は、まるで親の仇を見るような眼つきであった。 話を聞く限りジェナとカイルたちとは共にヌールに行く約束を交わしたらしく、それが果たされぬまま別れることを惜しんでいるようだった。 ヌールの街は崩壊した。だから約束も無効となる。簡単だが残酷な論理は十にも満たない幼子には受け入れ難いようで、説得するのには苦労した。 彼らはしばらくしたら故郷であるガレアに帰るとのことで、結局のところ時を見てガレアに遊びに行くというジェナの提案で、なんとか子供たちも了承してくれたのだった。 カイルたちがここまで渋るのも偏にジェナの人徳からなのだろうが、こういう場合にはそれすら面倒を起こす種になってしまうのだと、エルキュールは難儀したのだった。 一悶着ありはしたが、カーティス隊長の案内の下、件の店までやって来た一行。木の香りが心安らげる居心地の良い内装の店だったが、この時勢からか閑古鳥が鳴いており、悲しいほどすんなりと奥の個室に案内された。 席に着くや否や各々が注文を取り始め、エルキュールも渋々それに倣った。魔人である彼は食事を採らないためだ。 動力源となる魔素はもちろん料理にも含まれているが、そこに含まれる魔素の属性はまちまちな上効率もすこぶる悪い。 家族と同じ時間を共有するために、口に入れた料理を魔素に分解するという技能を身につけこそしたが、家族以外の人間、しかも複数人で揃って食事をするのは彼にとって中々心理的負担が重い行為だといえよう。 詰まるところ、食事を採りながらの会合を認めたとはいえ、エルキュールはこの食事会に対して消極的であった。 結局、エルキュールはお腹がすいていないという理由で簡単なサラダとスープを注文するに留めた。 共に食事をしたことのあるグレンはともかく、ジェナやカーティス隊長には疑問に思われることを覚悟していたのだが、それも杞憂だったようだ。 カーティス隊長からは「私も年なのか最近は食が細くなってしまいましてねぇ」などと共感を受けた。ある

  • 黒き魔人のサルバシオン   一章 第十五話「交わるとき」

     アルトニーの森を脱したエルキュールとジェナが騎士団詰所に帰還したのは、もうすっかり陽が落ちてしまった頃であった。 詰所に先に逃げ延びていたグレンとカイル、未だ帰ってこないジェナたちを心配するクラーク一家は、二人の無事に大いに喜んだ。 クラーク夫妻は腰を痛めるのではないかと心配するほどエルキュールらに頭を下げていたし、ずっと不安と緊張を抱えていただろうサラは大声で泣きだす始末。事件の渦中にいたカイルは自分のした行いを猛省し、そんな妹に申し訳なさそうに何度も謝っていた。 それぞれが思い思いに感情を爆発させる様に、エルキュールはもちろんのことジェナやグレンも若干押され気味だった。 それに追い打ちをかけるが如く、遠くから騒ぎを駆け付けた騎士連中までもがその人の渦の中になだれ込んできた。 一兵卒の過失によるこの事件に責任を感じていたアルトニー騎士たち。もちろん全員ではないがカーティス隊長を筆頭に数人が集い、事件解決に動いてくれたエルキュール、グレン、ジェナの三名に丁寧な陳謝と賞賛を送った。 ここまで事が大きくなるとは思っていなかったエルキュールは、正直いって多くの人間に囲まれるというこの状況から逃げ出したくあったのだが。 彼の弱気に目聡く気付いたジェナとグレンによってそれも阻まれ、むしろかえって二人からの揶揄いを受けることになったのだった。 詰所内はまるで祭りでも催されているのかという程の賑わいを見せていたのだが、やはり勢いというのは時が立てば落ち着くもので、次第にそのほとぼりも冷めていった。 先ほどエルキュールらにお礼を述べてきた騎士などは、この時間になってもなお仕事に追われているらしく、早々とそれぞれ持ち場に戻っていった。 この街が抱えている問題は依然としてあることを再認識させられるが、とにかくこれからの展望について語るのなら、今が絶好の機会だろう。 疲弊した精神を癒すべく、集団から離れていたところで暫しの休憩していたエルキュールは、場の空気が落ち着いていくのを感じながら決意した。 王都へ至る道にグレンのほかにジェナが加わった。まずはそのことを知らせようと赤髪の彼を探す。 こういう時、背の高さは素晴らしいものだなと思う。部屋の隅の方でカーティス隊長と話しているグレンの姿を容易に確認できた。「そういえば、グレンの家はあのブラッドフォードだったな

  • 黒き魔人のサルバシオン   一章 第十四話「新たな同士」

    「分かりやすいように、君が話してくれたことと照らし合わせて話すとしようか」 これから話すことの全容を知っているのは、エルキュール自身を除けばもはやグレンくらいしかいないだろう。あまり自分のことは周囲に語らないように心掛けてきたので、いざ核心に迫る部分を自ら曝け出すとなると緊張が抑えられなかった。「まず、そうだな。君が言っていたという黒づくめの男だが……あれは恐らく俺のことだ」「ん? え……? えぇぇええー!!?」 ジェナの叫びが木々を突き抜けこだまする。確かに今のは突拍子もない発言だった。訂正し、順序だてて補足する。「その、俺は元々家族とヌールの方に住んでいたんだ。そこで魔獣を狩り、そこから採れた素材を家計の足しにしていた。君が聞いたのは恐らくそのことだろう」「あー、そっか。確かにそうかもしれないけど……って、え? ヌールに住んでいたってことは――」 過去形の表現。もしくはそうでなくてもエルキュールが言ったことがどういう意味を持つか、ジェナには容易に知れたかもしれない。「……あの事件の日。魔獣の大量発生の知らせを受け、念のために俺はある組織について調べてみることにしたんだ」「アマルティア、だね」「そう。結果としてヌール近辺の平原で彼らの痕跡を見つけたが、それは意味を為さなかった。陽動にまんまと嵌り、何とか追いついたころには、彼らが魔獣を操って街を攻撃し始めた後だった」 感情の色を乗せず、淡々と語る。本題でもないところなのでさっさと流したいという思惑からだったのだが、聞いているジェナの表情は悲痛に溢れていた。 とはいえ既に飲み込んだこと。要らぬ感傷を与えないように、言葉を矢継ぎ早に繰り出す。「動機は不明だが、アマルティアは人間を汚染する他にも、俺という存在を仲間に引き入れたかったようだった。そんな勝手な都合のために、不幸にも無関係だったヌールの街が巻き込まれた」「……まるであなたにも非があるみたいな言い方だね」 それは実際そうだろうと、言いかけた口を噤む。ジェナは責めているのではなく、暗にそれを否定しているからだろうというのが理解できたからだ。自身がどう捉えるかは勝手だが、その健気な思いは無下にはしたくなかった。「それはどうだろうな。けど俺は、俺の大切なものを傷つけたアマルティアを許せなかったし、無力な自分にも嫌気がさした。だから一人

  • 黒き魔人のサルバシオン   一章 第十三話「共通項」

    「どこから話そうかなぁ……」 さくさくと土と葉を踏む音が鳴る。グレンと共にここへ来る際に付けた印によって、帰りの足取りは軽やかなものだった。  しかし、一方のジェナといえば、話したいことがあると言ったきりこの調子である。  それほど話しにくい内容であるのなら、無理に聞いても逆効果だろう。エルキュールは前を見据えながら、続く彼女の言葉を待つ。「よし、これなら……あのね、エルキュールさん。まず、私が六霊守護に関係する人間だってことは知っているよね? 私が口を滑らせちゃったことなんだけど……」 「ああ――」 やっとの思いで出た言葉、それはエルキュールが想定していた以上に、重い内容になるであろう空気を孕んでいた。  六霊守護。その肩書が彼女がこれからする身の上話に絡んでくるとなると、こちらも真剣に耳を傾けるべきだろう。「あまり詳しいことは言えないんだけど……六霊守護っていうのは古から伝わる六柱の大精霊――それが住まうとされる聖域を守る任を負う人々のことなんだ。大精霊様の数と同じ、六つの家系がそれを担当しているの」 言葉を選ぶ、慎重な説明。書籍や伝聞で知っていた話ではあるが、無用に口を挟みジェナの話の腰を折るようなことはしないと心に決める。「そんな大層な任を全うするには優れた魔術師である必要があってね。聖域には高濃度の魔素が充満しているから強力な魔獣を惹きつけやすいし、ヴェルトモンドで最も歴史ある宗教――その信仰対象の領地を守るってことだから。だから私も小さい時からずーっと、魔法の勉強と実践ばかりさせられていたんだ」 過去を振り返る遠い目。所々に皮肉を込めた口調。それでも、語るジェナの表情に暗いものは見られない。「最初の方は楽しかったんだ。順調に成長を実感できていたし、お父さんとお母さんに教えてもらうのも嬉しかった。難しい論理も、私が興味を持てるように工夫して説明してくれたし、何より魔法は楽しいものだって……いつも私に伝えてくれた」 「……そうか、それはいいご両親だな。楽しげな様子が目に浮かぶ」 「えへへ……うん」 エルキュールの相槌に、ジェナも誇らしそうにはにかんだ。

  • 黒き魔人のサルバシオン   序章 第十一話「何ものにも代えがたかった日常」

     ――時は少し遡り、鑑定屋にて。 ヌールの外れにある鑑定屋では、店主のアランが帳簿に筆を走らせる音が微かに響いていた。「よぉーし、今日はこんなもんかね」 事務作業が一段落し、客がいなくなった店内でアランは大きく伸びをした。窓の外を見れば、空が赤く染まっている。もう店じまいの時間であった。「来週には納品の手続きをしないとな……」 主として、魔法士などから渡される魔獣の素材を鑑定するのが鑑定屋の仕事だが、それを買い取って別の業者と取引するというのもアランは生業としていた。 あの迷惑なマクダウェル家の男も欲していたが、魔獣の素材は希少性が高く、貴族たちが如何にも好みそうな調度品や装飾品

  • 黒き魔人のサルバシオン   序章 第十話「大蛇魔獣シュガール」

     ローブに身を包んだ男を逃してしまった苛立ちをぶつけるように、エルキュールは正面に構える大蛇魔獣――シュガールを睨みつける。 その鋭い視線に触発されたのか、緋色と黒色の鱗と紫の魔素質に彩られた体を大きく伸ばし、シュガールは大きく口を開けて威嚇した。 伸びた体はこの広い部屋の半分を占領し、開かれた口腔は人間を容易く丸呑みできるくらいに大きく見える。 正直言って、今まで戦ってきた魔獣が赤子に見えるほどの威圧感だった。 男の扱いからしても、そこらの魔獣と比べてもかなりの力を持っているのは明白である。 しかし、数の不利からかシュガールは慎重に二人の出方を窺い、攻めてくる様子は見られない。

  • 黒き魔人のサルバシオン   序章 第九話「予定外の逢着」

     遺跡の祭壇部屋の前にて、グレンの提案に同意しようとしたエルキュールの言葉を奥から発せられた声が遮った。 奥にいるのはあの人影のみ。つまり、あの人物がエルキュールらに向けて言葉を発したことは明白だった。 動きを悟られないよう十分な距離をとっていたつもりだったが、こちらの動きが知られていたらしい。 突然声をかけられたことで声を発しそうになるが、二人は何とか息を殺し相手への警戒を強めた。「ふむ、静観……か。――悪くない選択だ。尾行の腕前はもう少し磨いた方がいいと思うがね」 ローブを纏っているので外見を知ることはできないが、声質は男性のもののようだ。低く力強い声に硬い口調、そのいずれもが

  • 黒き魔人のサルバシオン   序章 第八話「導」

     魔獣が落とした石片を手掛かりに、二人は北に位置する遺跡を目指す。周りはもはや開けた平原ではなく、木々が茂る林である。 鬱蒼とした木々で空が覆われ、視界が悪い。閉鎖的なその環境は人間の手が介入していないため、魔獣が住みついているようだ。 途中、何回か魔獣に襲われることもあったが、その度に二人は連携しこれを撃退していった。 ところが、その回数が十に差し迫った頃――「だーーっ!! 流石に数が多すぎねえか!? どうなってんだ、さっきからよ!」 立て続けに魔獣に襲われ、ついに我慢できなくなったグレンが叫んだ。その赤い髪は彼の苛立ちを表すかのように見える。「なあ、エルキュール。この辺はいつ

Mais capítulos
Explore e leia bons romances gratuitamente
Acesso gratuito a um vasto número de bons romances no app GoodNovel. Baixe os livros que você gosta e leia em qualquer lugar e a qualquer hora.
Leia livros gratuitamente no app
ESCANEIE O CÓDIGO PARA LER NO APP
DMCA.com Protection Status